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人が車を運転していた野蛮な時代

科学・技術・文化・教育
前から言ってますけど、人間はミスをするものなので。

そんな人間に運転させてたら、絶対に事故はなくならないわけです。

本当に、人の命が自動車の便利さより重いと思うなら、自動車の運転をやめるしかない。

自動車の存在を否定するか、あるいは、人間が操縦しない自動車にするか、しかないわけで。

私は、未来においては、いつか、人間が自由に運転する自動車の時代は終わるだろうと思うのですよね。

かといって、完全に自動車が自己判断で運転するのは難しいと思うので、電車に近い形になるんじゃないかと思うんです。

すべての道路に鉄道が敷かれているような都市になるんじゃないかと。もちろん現在の鉄道のレールとは違う形でしょうが。道路上にラインを描き、その上だけしか走行できないみたいな。

そして車道には人間は極力立ち入らせない。立ち入ってもセンサーで完全停止するように。

個人で一人一台、小型の乗用の電車が持てるみたいな感じで。家の前から目的地の前まで、指示すると勝手に連れて行ってくれる。

あるいは、そうなったら個人で所有する必要はないかも知れませんが。レールの上を走る全自動のタクシーが街中に恐ろしく大量に配備されているという感じ。

あるいは、古いSFなどでは、すべての歩道が動く歩道になっていて、内側に行くほど速度が速くなっていく、みたいな都市が描かれているものもありましたね。

いずれにせよ、人間が自分で運転して、しょっちゅう事故を起こして人を殺していた野蛮な時代、と言われる日が来るかも知れませんね。

しかし、自動運転になると自分で運転する楽しみがなくなりますが、自分で運転したいという欲求のある人は少なからず居るようで、そういう人たちの欲求不満をどうするか、というのは問題になるかもしれませんね。

人間が運転する楽しみはなくなりますが・・・どうしても運転したい人はレース場の中だけに限定して。

(あとは完全マニュアルで動かせるのは軍事用や未開の地開発用だけ。)

ガソリンも様々な需要がありますので、なくなりはしないでしょうしね。(火力発電もなくせませんし。)

まぁ、浮かんで走るような車が登場して主流になるなどのブレークスルーがあれば、一気にガソリン車は絶滅に進むかもしれませんが・・・・

そう言えば、竹宮恵子の「私を月まで連れてって」という作品の中で、ガソリンで走る自動車は超レアなアンティークとして登場する話がありましたね。

もうその時代、自動車は道路を浮かんで走るのが普通で、タイヤを転がしてガソリンで走る車は博物館とマニアが所蔵しているわずかだけ。車はみな走れるようにメンテナンスされていますが、その時代、ガソリンはレアで超高価となってしまっており、走っている姿を見かけることは皆無の状態で。

そんなマニアが自分のアンティークカーを持ち寄った集まりがあったが、落雷で停電が起きてしまい、電気が使えなくなってしまう。そんな時、急病人が出るが、電気がないので浮かんで走る未来の車はまったく動けず。
アンティークカーの持ち主達が、僅かずつのガソリンを出し合って車を動かし急病人を運ぶ。
うろ覚えなのでディテールは違うかもしれませんが、そんな感じの話だったと思います。

しかし、なんらかの技術的なブレークスルーは必要なわけで。

火力発電がまったく必要なくなるような、新たなエネルギー開発が急務ですね。

自然エネルギーだけですべての電力を補えるほどの発電量は望めないしですし、現状のまま、新たなエネルギー改革が起こせなければ、数百年後には化石燃料は枯渇し、大変な時代になりそうな気がします。

もし、エネルギー問題に何のブレークスルーも起こせなかったとしたら・・・・未来の地球は、原子力発電に頼るしかなくなるでしょうね。。。

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