移民・難民を受け入れるのは危険(多文化共生は実は不可能に近い)

不思議な時代になったと思います。 大変分かりやすい時代になった、というべきでしょうか。 左翼系野党はなんでもかんでも反対ハンタイと言うばかりですが、とりあえず、左翼系野党が反対している事は、日本にとっては良いこと、正しい事なんだと思っておけば間違いないという状況ですよね(笑) 昔は、野党や左翼系思想に傾倒している方々も、いくつかは間違ったこと(左翼系の考え方では正しいことなのかも知れませんが)を言っていても、いくつかはまともな主張もしていたので、明確にどちらが悪いと判断がつきにくい部分がありましたよね。 しかし、今は、左翼系の活動家の方々が、まともな事をまったく言わなくなってしまいました。左翼思想の方々が劣化したと言われますが、もはやわざと分かりやすく陳腐な主張をしているのではないか?とさえ思えてきますが。 とにかく、現代は、分かりやすく左翼系の人が安定してひとつも正しいこと(日本にとって良いこと)を言わないので、あまり深く考えなくても、左翼系の政党の議員や活動家の方々が反対・批判している事は、正しいことなんだと思っておけば良いという事になってしまいます。。。(笑)


イギリスに受け入れられたイスラム教徒の難民たちが、イギリスの文化に馴染もうとせず、むしろイギリスの側がイスラムに合わせろと主張しているという話。 エリザベス女王に対して、イスラム教に改宗せよ、しないならイギリスから出て行けと言ってるとか、とんでもない話を聞きました。 例えるなら、不幸な状況で家を失って困っている人が居て、その人達を家に入れてあげた親切な人がいた。しかし、その家のルールややり方に従わず「自分たちの流儀に合わせろ」と主張し始め、「合わせられないならその家の住民が出ていくべきだ」と言い出したと言う感じですね。

ロンドンに住む「イギリス人」がロンドン住民の半数以下になってしまったというのは衝撃的な話ですね。 このままでは国を乗っ取られてしまうのは時間の問題という状況でしょうか。エリザベス女王に「出て行け」というのもあながちありえない話ではなくなってきてしまっているわけです。


以前、日本でも、「日本は日本人だけのものじゃない」「在日外国人が気に入らないなら、日本人が日本から出て行け」などという主張をした左翼系活動家の方々が居たのを思い出します。 こうしてみると、共産主義思想の人々と、イスラム教徒の思想・言動は似ている気がしますね。 共産主義というのは、最終目標として、全世界を共産主義で統一することがあるわけです。そのためには嘘もつくし、暴力革命も厭わない、なんでもあり。 聞いたところに寄ると、イスラム教も同じように考えている方々がいるのだとか。世界の宗教をイスラム教で統一したい。それどころか、異教徒は殺して構わないと教義に書いてあるのだとか(これはそこまで直接的な表現ではなく、解釈次第の部分があるようですが、原理主義と言われるような過激な宗派ほど、そのような過激な解釈をする傾向が強いようですね。 難民は、保護してくれた国の言葉や文化を覚える気がない人が多いと言う話も聞きます。相手の国の文化や宗教に合わせる気はなく、相手のほうこそが自分たちに合わせるべきと考えているのだとか(イスラム教こそが絶対だという宗教観があるからなのでしょう。"間違っている"異教徒に合わせる必要はない、ということなでしょうね。) 自分たちはかわいそうな被害者だと訴え、保護してもらい、他人の家に入り込む。入り込んだら、今度はそこに同化するのではなく、自分たちのルールに合わせるよう要求し始める。そして、最後には、その家からもとの住民に出て行けと言い始める。


昨今、左翼系の思想においては、やたらと多文化共生などと言われますが、文化や宗教の違う人間たちが一緒に生活するのは、ほとんど不可能と言ってもいいくらいに難しい事だと思います。 これから、嫌でも多文化、他宗教はますます接近していくとは思いますが、明確に線を引く、明確にルールを設けて枠組みをきちんと設けなければ、"自分が絶対正しい"ずうずうしい人間達に文字通り「軒を貸して母屋を取られる」状態になるでしょう。 自分たちの家族を、妻や子供、孫達を守ることを考えなければいけません。家族が居ない、守るべきものがない人は左翼系思想に傾倒しやすい傾向があるようにも見えますが、家族がない人だって、自分の家や財産を守りたい気持ちはあるはずなのですが・・・ 本当に、共産主義思想を心から理想だと思っているならば、自分の財産などすべて他の人に提供してみなで平等に幸せになろうと思うのかも知れませんが・・・ 現在の地球、現在の人類は、そこまで裕福ではありませんので、共産主義はいわば、「全員が平等に貧しくなろう」という思想なのですよね。それを是と考えるか否と考えるかは、考えたの違いかも知れませんが。。。 現在何も持たない貧しい人は、全員平等に貧しくなるというのは素晴らしい考えた方だと思うでしょうし、現在財産を持っている裕福な人は、それを全部奪われて貧しくなるなんて嫌だと思うのが人情なのだとは思います。 どちらが正しいとは言えないですね。 むしろ目指すべきは、「富の偏った世界」と「平等に全員が貧しい世界」の二択ではなく、「全員が豊かに生きられる全員が裕福な世界」であり、そのための技術革新に力を注ぐべきなのではないかと思います。

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