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自分の間違いを認めたくないのが人間...

民主党政権時の置き土産に未だに国民が苦しめられている状況を見てしまうと、ついつい、あの時、民主党に投票してしまった人には責任をとってもらいたい、と責めてしまいがちですが・・・

【更新継続中】悪夢の民主党政権と言うけど、じゃあ具体的に何悪いことしたんだよ?←たくさんあります
野田政権頃になると、ネトウヨや無党派層はおろか、所謂リベラルからも「駄目だ…」って雰囲気だったんですが、もう忘れてる人がいるのか。※色々な出典に、あえて朝日新聞等、非産経系のものを多めに使っていま..…
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しかし、自民党が与党から下野したのだって、それなりに理由があったことではあるのですよね。。。 個人的にも、あの時、与党自民党に批判が高かったのは認めます。政府与党は決して良い状態には見えなかった。 その結果、その不満が民主党政権を誕生させてしまった。 一歩引いてみれば、投票した国民の責任というよりも、自民党も十分酷かった事が原因であるわけですね。その点は、自民党は十二分に反省すべきだと思いますが。 野党に変わっても、それなりに普通に仕事してくれるだろうとみんな思ってたと思いますしね。あそこまで仕事ができないとは誰も思わなかったし、当時はまだ、反日勢力が議員の中に多数いるということもあまり理解が進んでいませんでしたしね。 しかし、さらに引いてみると、そういう自民党政権を誕生させたのも、有権者の政治への無関心だったと思います。 さらに引いて俯瞰してみれば、実はそれは戦後GHQによる日本人骨抜化政策による洗脳のせいであり。。。 してみると、民主党政権による国体破壊のダメージは色濃いかも知れませんが、それくらいの衝撃が、国民が目覚めるために必要だった、とも言えるのかも知れませんね。 以前、沖縄が中国になる、くらいの事が起きないと日本人は目覚めないだろうと書いた事がありますが、それくらいの痛みを経験しないと、すべての日本人が目覚めるのは難しいのかも知れません。 人間は愚かなもので、自分で痛い目を実際に経験しないと分からないと言う事は多いようです。 「あの人は悪い人だから近づいてはいけないよ」と言われているのに、「みんな偏見や先入観を持っているだけだ。自分は違う。」と言って近づいてしまい、後で痛い目を見る人が必ずいる。 大人たちがどんなにダメだと言っても、ダメな理由をどんなに分かりやすく説明しても、駆け落ちししてしまう男女もいる。 大人たちが間違っているという場合ももちろんあるかも知れませんが、多数の他人の大人たちが客観的に反対している場合は、それなりの理由があることが多いわけです。 歴史に学べ、先人たちの知恵に学べと言いますが、そもそも、よほど賢い人でもないと、なかなか自分の狭い見識・枠組みから抜け出すのは難しい、それが人間なのでしょうね。。。


自分も、子供の頃に教わって信じていた事で、大人になってインターネットができるまで、騙されていた事がたくさんありました。 (そういえば、親に「あれはダメだ」と言われて、当時は理由が分からず親が偏見を持っているだけだろうと思っていたことが、今になって正しかったと思うことが多々あります。) 正直、生まれたときからそういう教育を受けて洗脳されていたのだから、騙されたのは仕方がない。 しかし、今からでも遅くはないので、何が真実なのか、鵜呑みにして疑わなかった自分の知識・常識を疑ってみましょう。 よく調べ、様々な意見があることを知り、よく考えた上で、自分で何がよりベターなのか判断したなら、その上で、自分がどのような思想や考え方を支持しても良いのではないかと思います。 批判を受けた時、間違いを指摘された時----攻撃的に批判されるととにかく反論したくなってしまいますが----素直に聞いて、一度それを認めてみて、考え直してみるという姿勢は大切かも知れませんね。。。


ただ一つ注意するならば、何らかの主張をしている人たちの中には、背景に何らかの利害関係がある可能性がある、ということは、知っておくべきかも知れませんね。 長く生きていると熟思いますが、「結局、世の中お金」というのは、半分以上真実なので。 お金のためになんらかの思想を喧伝しているという人は多いと思います。 ダイレクトにお金をもらって何かを発信しているというわけではなく、例えば、仕事をくれる先からの要請とかであれば、断れないと言う事はあると思います。 ある政党の支持母体である宗教団体からの仕事の以来を多く受けている会社の社長は、選挙になると、その政党を応援しましょう、それが会社のためです、と社員に言ったりするわけです。(その社長がその宗教団体の信者というわけではなく、仕事をくれるから、というだけ。ノンポリであるからこそなのでしょうが。) 仕事がなくて困っている時に助けてくれたなどで恩義を感じていれば、断りにくいのは当然ですね。 しかも、それをすることでさらに継続的に仕事を貰えて、生活費が安定して得られるとなれば。。。 特に、左翼思想系の勢力は、何故か(笑)、お金を潤沢に持っておりますので、そういう人を狙って救いの手を差し伸べてきます。


さらには、人間は、自分の都合の悪いことからは目をそらしがちですね。 特に、自分の人生、自分の過去の選択が間違っていた、なんて、絶対に認めたくはない。 だから、最初は恩人に頼まれての事だったのですが、自分で発言・発信したことなので、そのうち、自分は間違っていないと思いたくなる。 ましてや、人から「オマエは間違っているゾ」などとツッコミが来た時に、素直にそれを認められる人は多くはありません。 攻撃的に批判された時、たとえ自分が間違っているかも、と薄々分かっていたとしても、人はどうしても言い訳を始めてしまいます。 一部には間違ってしまった部分(表現)もあるかも知れないが、全部がそうではない。 自分の論にも正しい部分はある。 そういう趣旨・意味で言ったのではない。。。 そうして、言い訳のために、反論のための理屈だけを集めていくうようになり、批判につながる理屈はあまり見なくなる。 気がつけば、積極的な「活動家」となっている、と。。。。 「自分は間違ってない」と言いたいところに根ざしていて、自分に都合が悪い理屈には耳目を閉ざしている、と言う人は多いような気がします。


何にせよ、どんなに悪意に満ちていたにせよ、批判を受けたなら、それを一度素直に認めて考え直してみる、と言う事は必要なのかも知れないと、最近強く思っています。 (その上で、改めて熟考してみても、以前と同じ結論になるならそれで良いわけなので。)

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