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お酒を飲で出たのが本性、は本当か?

(霊魂学的)雑記・雑談生き方・人生・人間関係
こんなのもあるようで
酒が人をアカンようにするのではなく
その人が元々アカン人だということを
酒が暴く
前回、お酒で人は変わらない、本性が出るだけ、と言う事について書きましたが・・・

この、酒に酔った時にでてくるのは本性なのか?と言う事は結構議論があるようです。

結論から言うと、それは正解でもあり、間違いでもあり、と言うところかと思います。

自分的には、やはり霊魂学的に考えてみる、と・・・

「人は生まれながらにして二重人格である」と言われます。人間は物質の肉体と、それとは別に、幽質でできた幽体という二つの身体が重ね合わさっているため、この、肉体と幽体は、それぞれに別の意識を持っているわけです。

本能に従ってしまいがちなのが幽体、最終的な行動を制御しているのは肉体の意識。酒を飲んで、この肉体の意識の制御が弱くなり、幽体の要求するとおりに行動してしまった結果、酔って醜態を晒す事になるわけです。

(まぁ、信じないという人は無理に霊魂学に当てはめなくても、「理性と感情」と言えば分かりやすいかも知れません。理性がお酒で飛んでしまって、感情だけで動いてしまったと。)

制御がなくなった時に出てきた言動は、自分自身の素直な感情から出てきたことなので、それもまた自分である、とも言えるわけですが(笑)

理性の制御と感情が合わさった総合的な出力が自分自身の人格であるとするならば、それは本来の自分ではない、ということになるかも知れません。

さて、この幽体の意識は、本能・欲望に忠実な部分がありますが、ちゃんと教育すれば成長するもののようです。

表面の意識は教育を受け学習していきます。また、より高次の身体である「霊体」が成長している人は、その意識の影響も受けます。

幽体は、表面の意識=理性と、さらには霊体の意識とから、常に叱られ抑圧されています。

幽体も本当は成長できるはずなのですが、現代社会には、幽体を成長させるための栄養や教育がまったくなくなってしまいました。

そのため、幽体の意識だけは、いつまで経っても「幼稚園児並み」となってしまう人が多い。

普段は、表面の意識が強い発言権、決定権を持っているため、法に反するような言動はしないで済んでいますが、そのタガが外れた時、幼稚園児並みの幽体の意識が好き勝手に暴走し始めるわけですね。

※よく、ハンドルを握ると性格が変わる、と言う人が居ますが、それもこのメカニズムに近いのではないかと個人的には思っています。自動車というプライベートな個室の中で、単調な作業を続けるような状態になると、表面の意識の主張が弱くなってきて、幽体の意識が出やすくなるのではないかと。

実は、死んだ後は、肉体の意識がなくなって幽体だけになるため、肉体があるときには素晴らしい人格者であったと言われたような人が、死んだ直後には幼稚園児のようにわがままな人になってしまう、という話を聞いたことがあります。

なるほど、幽体が成長しておらず、幼稚園児のままなのだとしたら、そうなりますね(^^;)

霊的なトレーニングなどを多なって、幽体の栄養補給と教育を行った人は、死んだ直後でもある程度大人の意識でスタートするとか。

つまり、幽体がちゃんと成長している人であれば、酔って表面の意識が酩酊しても、そうそう則を外すことはなくなる、と言う事ですね。

※霊魂学については、自分なりの理解の範囲で、自分なりの言葉で、「シンプルに分かりやすく説明すること」を主眼として書いています。

契山館を主催する水波一郎氏の提唱する水波霊魂学の内容を参考にしています。

死後の人間の意識については、実際には、死後も幽体の意識がそのまま表面の意識になるわけではなく、肉体の表面の意識が引き継がれる部分があるとのことなので、そう単純な話ではないようです。

興味がある方は水波氏の著書がAMAZONにて販売されておりますので読んでみて下さい。

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