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「車いすが健常者・二足歩行が障害者」の世界?

科学・技術・文化・教育時事・話題
「車いすが健常者・二足歩行が障害者」の世界が体験できるレストランに行ってきた もう理不尽すぎて泣きたい
こんな社会だったら、私、引きこもってしまうかも……。…
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いやぁ、なんかこれ、モヤモヤする~

天井が低いとか椅子がないとかはなるほどと思いましたが。

店員がわざわざ嫌がらせをするのは、なんか違うでしょ。

障害者はいつもそうされてるんだ?

そんなこたぁないでしょうに。。。

ちょっと無理がある部分がある。そのために、かえって溝を深めてしまう部分もあるような感じで、もったいないと思いました。

発想は面白いし、自分もSF小説的なネタで、実は似たようなことを考えたことがあるので----車椅子が「普通」の社会ってどんな風になるのかな?と。

車椅子になったら、色々不便だろうなぁと思うわけですが、実は、それは、車椅子ではない人用に生活様式が完全に調整されているからであって、車椅子が普通の社会であったなら、それに合わせてすべてが作られていれば、それほど不自由を感じることはないのではないかと。

例えば、車椅子から立ち上がれない人は、高いところのモノに手が届かないので取れないわけですが・・・

ちょっとよく考えれば、立ち上がれる健常者だって、立っても届かない高さにあるモノは取れないわけで。立って届く高さの範囲におさえて者が配置されているだけの話なんですよね。届かないところでの作業が必要な場合は、ハシゴを持ってくるとか、特殊な工夫が必要になるわけです。

それなら、車椅子でも同じことですよね。手が届く範囲にしか物を配置しない。届かないところには、健常者がハシゴを使うように、何らかの道具を用意するだけの話で。みんなが車椅子で、それが当たり前の世界であれば、それにあわせて創意工夫された世界・構造になっていくだけではないかと。。。

これ、車椅子にしなくても、例えば、身長が高すぎる人が普通の社会で苦労する、みたいな話は現実にあるわけで。(それなら小人の店に入ってみるのでも体験できますね。逆に、巨人の世界に迷い込んでしまった人間でも同じか。)

そう考えると、車椅子に特化して嫌がらせをすることは、単なる嫌味でしかない気がしています。

コメントにも有りましたが、健常者だけでなく、車椅子に乗れない障害者は無視してる店なわけで、やってる事は車椅子を差別する店と実は大差ないという話。

椅子がないとか天井が低いとかは、健常者(この店では障害者)が道具を使って工夫して解決できる部分であって。一番の「キモ」は、結局、"店員の嫌がらせ"なわけですよね。

「普段から障害者はそうやってひどい扱いを受けているんだ!」という事を言いたいのかも知れませんが、強調し過ぎている気がします。

(中腰を強要するとか、これ、車椅子の人がされたどんな事を想定しているんでしょう???店員の暴言等も、そこまで酷い人が現代社会にそうそう居るとは思えませんので、非現実的ですね。)

もっとリアルに現実的に作れなかったのかな?とも思ってしまいます。
(同じ体験という意味では、車椅子での生活は、車椅子に座って体験しないとわからないんじゃないかと思うところも。)

単に嫌な気分を味あわせるのが目的では、あまり受け入れられない企画になってしまうでしょうから(嫌な気分を積極的に味わいに行く人はいないでしょう。)

それだと結局、この企画が評価されにくい、受け入れられにくいものになってしまうでしょうから、本末転倒な気がします。

コメントに有りましたが、これが「世にも奇妙な物語」だったら、非常に高く評価できる作品だったろうなと思いますね(笑)
世にも奇妙な物語 - フジテレビ
世にも奇妙な物語 - オフィシャルサイト。オムニバス4作品と短編で構成される『世にも奇妙な物語』。斬新で多様なラインナップを揃え、おなじみのストーリーテラータモリと、豪華キャストが「奇妙な世界」へといざなう。
www.fujitv.co.jp

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