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人間の人生はすべからく暗中模索の試行錯誤だ、という実験

PC/ネット
とある実験の映像を見ました。
部屋に人が集められていて、上部の電光掲示板に点数が表示されている。

部屋の人には「点数が◯◯◯点を超えたら賞金をプレゼント」と伝えてある。
しかし、どうすると点数が上がるのかは不明。

人々が戸惑っていると、不意に点数が上がる。
どうして上がったのか分からない。

人々は椅子を持ち上げたり、場所を移動したり、「こうしたら点数が上がるんじゃないか?」と手探りで正解を探し始める。。。

実は、点数は、別室にある水槽の金魚がセンサーを横切ったら点数が入るというシステムになっているだけだった。
これは、色々考えさせられるところがあります。

意味がない、馬鹿にするなと怒る人もいるかも知れません。

しかし、人生とは常にこんな状態だとも思うわけです。

また、論理的・科学的な思考ができない人が多い、と言う事も言えるかも知れません。

何かをやった時にたまたま点数が上がった。すると、その行動が点数の上昇のトリガーなのではないかと考えるわけですが、問題は、「再現性」ですね。

何度やっても必ず同じ結果になる。何十回でも何百回でも同じ結果になる。一度でも例外はあってはならない。そうであって初めて、科学的に正しい事実として認定されるわけです。

しかし、実際には、客観的・論理的な思考ができない人も多くいるように思います。

そもそも、人生には、単純に繰り返し実験ができないような事態のほうが多いわけで。そうなると、少ない事例・経験から、正しい法則を推測していくしかなくなるわけなので。どうしても、ああでもないこうでもないと迷走してしまうと思います。

また、成功または失敗の経験をすると、どうしても自分の経験から正解はこうだ!現に自分は成功(失敗)した!と主張したくなる人も多いですね。どうしても、リアルに自分が体験した事は説得力が(体験した人にとっては)鮮烈ですから、説得力があるのも理解できます。

「想念によって成功を引き寄せる法則」みたいなものも、このような手探りの試行錯誤の中での勘違いから生まれているのではないか?という意見もありました。

しかし、人生は、すべからく、この実験に参加した人々のような状態何じゃないかとは思いますね。

人間には、わからないことが多すぎる。何も知らずに生まれてきて、暗中模索で生きていく。

どうすりゃいいのさ?と言っても、正解などない。

この人達と同じことを繰り返しながら、ただひたすら暗中模索で生きるしかない。それが人間というものですよね。

論理的・科学的思考は大切です。何度繰り返しても同じ結果になることだけを正しいと考えるべき。

ただ、なかなか、何百何千と同じ事を繰り返して実験できないことが多いので、正確性は下がっていきますが、より多くの人の経験談から、正解を推測していくしかないですね。

フグ毒の話を思い出しました。
ある人がフグを食べて毒に当たって死んでしまいました。その人は「フグのこの部分がダメだったんじゃないか?」と言い残して死んだ。

次の人は、その人が言った部分を避けて食べたが、やはり死んでしまった。その人も「この部分がダメだったんじゃないか?」と言い残す。

無数の人が先人の言い残した助言を参考にしながらフグを食べ続け、やがて、ついに死なない人が現れた。それによって、フグの毒がどの部分にあるのかがすべて明らかになった。
この話、多分嘘だと思いますが(笑)

なんでそうまでしてフグを食べ続ける必要があるのか???(笑)
フグの毒を解明するために人体実験を繰り返し続けるのは論理的ではありませんので(笑)

実際には、フグの体には、毒を発生する器官は存在していないのだとか。体に寄生する細菌の働きにより毒素が生まれるのだそうで。その毒が比較的多く溜まりやすい部位と少ない部位があり、食べても大丈夫と言われているのは少ない部位なだけで、無毒というわけではないのだとか・・・

食べると舌が痺れるような気がするのは気の所為ではなくて、毒が微量にあるからだったのか・・・(^^;)

実際、水槽で食べ物や感染に注意して純粋培養したフグには毒がなく、食べても大丈夫なのだそうで。そのような養殖フグが普通に食べられている地域があるのだそうです。

ありました

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